tarosoul

2017.6.15 20:39:50

TARO SOUL

Memory Lane

新作『Time Is Now』の配信を購入してくださった皆さん、
ライブ会場で限定CDをゲットして下さった皆さん、

改めてありがとうございます。

500枚の会場限定CDも、全て出し切ったわけではありませんので、
引き続きライブ会場に持って行きますので、
お越しいただいた際は、是非ともゲトってやって下さい。

さてさて、
今回、『Time Is Now』収録曲の”Memory Lane”について、
リリックに固有名詞等もバンバン出てくるので、
解説させていただこうと思います。

 

目が合った瞬間に決まった全て
シナリオ書き込まれてたDNA
ミズノのリストバンド はめたMethod Man
Woofin’の創刊号
97 Back in the days
スポーツや悪さに見出せないmyself
空回りするエナジー滾らせ
登下校担いだラジカセ
土曜の夜は3時起きでラジオ前に陣取って
心臓はドクドクドク
今でも余裕で暗誦出来るFAX番号
3797-6666
流れる音 徐々にクロスフェードしてくる心
Step Into The World
完全に染め上げられた15の夜

ひとまず1バース目。

97年当時高校入学したばかり。
自分の興味が惹かれている、
ラップ、DJ、ダンス、グラフィティアートそれらが、
どうやらHIPHOPと呼ばれているらしいと知り、
とにかく、情報に飢えていました。
勿論、インターネットなんて普及する前です。

ある日、
高校帰りに立ち寄った藤沢の有隣堂書店の雑誌コーナーで、
ミズノのリストバンドをはめたWu-Tang Clanの花形、
Method Manが表紙のWoofin’創刊号が目に飛び込んできます。
そして小さく「HIPHOPマガジン」という文字。
飛びついて貪るように読みました。

97年にJ-WAVEで放送開始したラジオ番組、
「HIPHOP JOURNEY DA CYPHER」についても、
Woofin’で知り得た貴重な情報の一つでした。

土曜の深夜3時という放送時間のため、
毎週土曜は漁師並みの起床時間。
90分テープをデッキにセットして、
番組開始と同時に録音。

レギュラーのDJはMUROさんや、
“Memory Lane”をプロデュースしてくれたWATARAIさん等々。
番組内でのDJ MIXでかけた曲のリストが、
毎週抽選で当たるんだけれど、
今みたいにShazamのようなアプリは当然ないし、
田舎暮らしの高校生はとにかく曲が知りたい。
リストが欲しくて毎週FAXを送ってました。
それこそFAX番号なんて自然と暗記してしまうほど。
何年も送り続けて、リストが当選したのは2回だけ。

また、DJによるMIXというものを耳にしたのは、
このラジオ番組が初めてで、
そのときかかってたKRS-ONEの”Step Into A World”という曲が、
他の曲とスムースに繋がっていくことや、
2枚使いされていることに衝撃を受けました。

 

It’s the T,T,O,O,K,K,Y,Y,O
胸高鳴る 初めての宇田川町
ハンズ辺りまで響くマンハッタンの爆音
CISCO 吉牛 脳裡に鮮明 今も尚
戦闘力をチェックするように
すれ違うB-Boy 睨まれるfreshman
レコード漁るの遅いと隣の列からプレッシャー
何でも良かった
何でも良かった それがHIPHOPならば
手を伸ばした片っ端から
ウィンドミル出来なくて諦めたBreakin’
ヴァンダルする根性ねえし
それでも想いは加速 Go crazy
半ば無理矢理 サマパの余興で掴まされたマイクロフォン
そんな始まりだったのに
いまだ手放せないまま

 

 

渋谷宇田川町はレコード屋の聖地、
高校生にとってはHIPHOPの聖地くらいに思ってました。
当時のマンハッタンレコードは、今みたいな自動ドアじゃなく、
開けっ放しの店舗から本当に東急ハンズ辺りまで、
HIPHOPが爆音で響いていたことに驚きました。
これが”店”のBGMの音量なのか!と。

閉店してしまったCISCO、
マンハッタンの隣は吉野家でした。

当時の宇田川町界隈は、
とにかくレコード袋を提げたB-BOYたちが溢れていて、
すれ違うたびに足元から頭の先まで、
ジロジロとチェックされ、
どんだけB-BOYなのか品定めされている感覚、
街を歩くのにメンタル武装を必要とされた。

中古レコード屋に行ったときは、
慣れない手付きでレコ箱を見てると、
熟練のディガーたちが物凄いスピード・手捌きでレコードを漁り、
隣の列からプレッシャーをかけられる。

大学で入ったサークルの行事、サマーパーティーこと”サマパ”では、
新入生が半強制的にラップの余興をさせられる習慣があり、
それがキッカケでラッパーになりました。

 

Let me take a trip down memory lane
あの日の六本木にはまだヒルズもねえ
Nuts、Izm、Family、bed
Big shout out to MC HIT, DJ ZYK
誰も知らないDay One
Recされないままの名盤
すかすかの平日の小箱のステージでも
ここにいるぜって叫んだ
Big up to 390, Deji
ダメレコ、LOCKSTOCK
忘れねえ明け方の大和のデニーズ
増える仲間 強くなる気持ち
浮かぶ沢山のfaces
ゴールなんてのはもしかしたらないかも知れないけど
きっと面白いさ
ここから先のストーリー付き合ってくれよ

 

大学入学した2000年当時、
“サマパ”の余興以降、本格的に仲間とラップグループを組んで、
活動を開始、初めてレギュラーでライブさせてもらったのが、
六本木Nutsという老舗クラブ。
まだ建設中のヒルズの、六本木通り挟んだ向かいにあったけれども、
後々、ヒルズ建設に伴う風営法の取締強化の煽りで閉店しちゃうことに。

Nutsで出てたイベント名は”Memory Lane”で、
この曲のタイトルもそこからのオマージュも込められてます。
ちなみに、途中からKEN THE 390も同じイベントに参加しました。

“Izm”は新宿歌舞伎町さくら通りにあった”新宿Izm”というクラブで、
大学1年の秋頃から、大学の同級生仲間たちとで、
“Elementary School”というレギュラーイベントを始めました。
もちろん、KEN THE 390もDejiも出演してたし、
元KENの相方・志人も。

“Family”は渋谷Family、”bed”は池袋bed、
それぞれ2000年代中期にレギュラーイベントに出ていました。
Familyでは”Cycles”、bedでは”Play Ground”というイベント。

MC HIT、DJ ZYK。この2人の名前を知っている人は殆どいないでしょう。
大学の同級生で、最初にラップグループを組んだ2人。
“AQUAVID”という名前でした。

ダースレイダーが主宰のレーベル”Da.Me.RECORDS”
ソロとしてのファーストアルバムは勿論、
初めて全国流通の作品に参加したのもダメレコ。

“LOCKSTOCK”は、
現在もスパソニのマネージャーである、
HOTCHIが代表を務めた事務所。
同名のイベント主催からスタートし、
サイプレス上野とロベルト吉野、Romancrewも所属。
って書くと堅いけど、
とにかく仲間内で集まって事務所を構えた。

ここでは大和のデニーズを挙げたけど、
クラブ終わり、ライブ終わり、
酔っ払ってまだ帰りたくなくて、
ダラダラとファミレスやら牛丼屋やらファストフード店やら、
たむろして下らない話やたまに真面目な話したり、
みんな経験あると思います。
そんな疲れ切って半分シラフじゃない状態の会話の中にも、
未来に想いを馳せたり、
大事な決心なんかをしたりという瞬間もあると思います。

 

さて、予想通りメッチャ長いブログになってしまったが仕方がない。

長々とお付き合いいただきありがとうございます。

これでもまだ10年位前までのストーリーなので、

また何年か経って、気が向いたら続編を作るかもしれないし、

作らないかもしれませんが、

何にせよ、今後ともSUPER SONICSをよろしくどうぞ。

 

 

 

 

TARO SOUL

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PROFILE

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SUPER SONICS(スーパー・ソニックス) 2012年結成。ソウルフル・ラッパー「TARO SOUL」とワールドフェイマス・ターンテーブリスト「DJ 威蔵」からなるヒップホップ・グループ。09年よりライブ・パートナーとして、革新的な音楽像を模索し続けた二人がグループを結成。作品をクリエイトする。

TARO SOUL
05年の「太郎 & KEN THE 390」としてのインディーズ・デビュー以降、ソウルフルなラップを武器に、数多くの人気メジャー・アーティスト作品に参加。08年にはソロ・アーティストとしてメジャー・デビューを果たした。

DJ 威蔵 (DJ IZOH)
ヒップホップ・スタイルにこだわるターンテーブリスト。世界大会入賞歴多数。2012年世界最大のDJバトルイベント『DMC World Final 2012』で優勝。第28代世界チャンピオンに輝く。

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